2012年10月23日

社長対談コーナー20回

社長対談コーナー
***第20回***

ゴン社長
「生きて虜囚の辱を受けず」とか、国民や兵士の命より
国のメンツが第一みたいな、政治だったから、
現場の指揮官が上からの命令を流すだけでは、
状況は悪くなるだけだっただろうね。

スワちゃん
現場の状況は、現場の指揮官が一番分かっているのに、
中央が統制しようと圧力をかけるのは、
今も変わっていませんね。


ゴン社長
復興庁も仙台とか福島に作れば良かったのに、
東京でやってるから、予算の使い方も滅茶苦茶だ!

スワちゃん
政治家の無知に付け込んだ官僚の思う壺に
ハマった見本のようになりましたね。


ゴン社長
復興予算の使い方の法律も作ったけど、
不備が有ったんだね。

スワちゃん
はい。復興基本方針に
「日本経済の再生なくして被災地の真の復興はない」
「被災地に一体不可分として緊急に実施すべき施策にも使う」
という文章を入れたのです。


ゴン社長
ああ!それじゃあ何にでも使えるねえ。

スワちゃん
東北六県だけでなく、日本中で応援しなくてはいけない
という精神はいいんだけど、法律の解釈は別物ですね。


ゴン社長
実際、議員立法とか言うけど、書けないらしいねえ。

スワちゃん
元財務官僚の高橋洋一氏が言っていましたが、
条文に「・・・その他○○」と書くのと
「・・・その他の○○」と書くのは、
全然意味が違ってくるそうです。


ゴン社長
一文字で意味が変わるから、日本語は難しいねえ!


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2012年10月13日

社長対談コーナー第19回

社長対談コーナー
***第19回***

ゴン社長
戦争責任などで、悪名高い日本陸軍だけど
人道的で立派な指揮官も多かったんだね。

スワちゃん
あの頃のエリートは、インテリであるばかりでなく
武士道精神が横溢していたものと思われます。
圧倒的な武力を持っている側が、丸腰で子供連れも多い
難民を見殺しにするなんてことは、
条約や法律がどうなっていようが、出来ることではない!
というのが、根底だったようです。



当たり前のことをしたという感覚だね。


そうです。だから、戦後になっても自身の口からは家族にも語っていないし、
ユダヤ人協会から「恩人」と言われても、
咄嗟には意味が分からなかったそうです。



樋口中将にとっては、それ以外の修羅場の数々のほうが、
軍人としては重大な記憶だったんだろうねえ!


そうなんです。その後陸軍の中枢から、外される格好で
札幌の北方軍司令官になります。



ふむふむ!


実は樋口季一郎は若い頃ソ連やポーランドでの勤務経験が有ります。
ポーランドは、当時世界一の暗号解読国家でした。
そこで人脈を広げた樋口は、ロシア語が得意なこともあり、
ソ連軍の暗号は、ほとんど解読していました。



なるほど、日本海軍の暗号は全部連合国に
解読されていたらしいけどね。


陸軍の暗号は最後まで解読されなかったのです。
それはポーランドとの信頼関係が有ったからこそ、
開発できた暗号だったからでしょう。



なるほど!


そういう蓄積が有ったから、キスカ島奇跡の脱出や、
日本が敗戦を受け入れた後にソ連軍が、
北海道を乗っ取るために進軍してきたのを、
防ぐことが出来たのです。



香港やマカオも100年後に返還されたことを思えば、
北海道も、北方領土みたいに現在もロシヤ領だったかも知れないわけだ。


よく国の大きな転換点を、「国が・・」と言う人が居ますが、
実際は、国は何も思っていないし、何もしないし、
結局は一人の人間の決断次第で動いている。と思います。
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2012年10月04日

社長対談第18回

社長対談コーナー
***第18回***

スワちゃん
杉原千畝さんが、外務省からの指示を無視してビザにハンコを押して
命を救ったユダヤ人は6000人と言われていますが、
樋口季一郎陸軍中将が救ったユダヤ人は、
結果的に2万人を超えるのではないか・・と言われています。


ゴン社長
陸軍だと、外務省より上からの締め付けが強かったから、
大変だったろうねえ!

スワちゃん
実は、私の友人に軍事のことなどに大変詳しい人が居るんです。


ゴン社長
石破さんかい?


いえ、あれほど恐い顔した大物じゃありません。
その彼が言うには、市内のイトーヨーカドーで買い物していたら
イスラエルから旅行で来たという若い女性に会ったそうです。



ホー!イスラエルから日本に。それも長野にねえ!


その彼は石破さんのように恐い顔してないので、
にこやかに彼女に話かけて、いろいろ英語で話したそうです。
杉原千畝さんを知ってるかい?と聞いたら
「ええ!もちろん知っています。樋口季一郎さんも知っています」と
答えたので驚いたそうです。



日本人は、知らない人が多いよね。


どうして知ってるの?と聞いたら、
「ちゃんと学校で教わりました。」と。



やっぱり、教育は大事だ!
恩知らずや、腰抜けが増えたのも教育の荒廃だからね。


樋口季一郎さんがユダヤ人を救ったのは、昭和13年。
杉原千畝さんがリトアニア大使として、命のビザを発行した2年前です。



なるほど!


ハルビン特務機関長だった樋口季一郎に
満州とソ連の国境に有るオトポールという駅に多数のユダヤ人が到着して
行き場を失い、寒さに震えているという情報が入ったのです。



ドイツから逃げてきたユダヤ人かな?


そうです。ポーランドからも、
ソ連からも受け入れを拒否された難民です。
何とか満州経由で、アメリカ等に逃げ出したい一心で
辿り着いたものと思われます。



その頃の日本はドイツと手を組んでいたから、
ユダヤ人を逃せば、ヒットラーが怒るよね。


そうです。だから、満州国も受け入れを渋ったので、
ソ連側のオトポール駅に難民が溢れてしまった。
それを知った樋口は、すぐに満州鉄道総裁の松岡洋右に直談判して
特別列車を仕立て、彼らを受け入れます。
緊急の宿泊所も作り、炊き出しをやらせる。
そして5日間の滞在ビザも発行させたのです。



軍律違反かも?


ええ、正式にドイツからも抗議文書が本国に届き、
樋口は呼び出されます。
そこで、かれは東条英機に対しても
「参謀長、ヒットラーのお先棒を担いで弱い者いじめすることを
 正しいと思われますか?」と反論しています。



なるほど!


彼に対して、懲罰が科されることもなく、
この時は、一件落着しました。
posted by 加工屋ゴン蔵 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長対談室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月02日

社長対談第17回

社長対談コーナー
***第17回***


スワちゃん
意図的に国民に知らされていない事は多いですね。


ゴン社長
そのかわりに、嘘や、どうでもいいことは、
これでもか!と言うぐらい刷り込まれる。


歴史は勝者の作り話がほとんどですからね。
幕末にも、優秀な英語の通訳が居て、ペリーとも
丁々発止、渡り合ったことなど、ほとんどの日本人が知りません。



自分たちが、ぶっ壊した江戸幕府に優秀な人材が居たなんて
明治政府の人たちには、口が裂けても言えないよね。


実際、彼らがボロクソに言った江戸時代は、武士階級はともかく、
庶民にとっては、まことに住み心地の良い世の中だったことが、
戦後以降の研究で分かってきています。



雇用問題なんかも、今よりずっと良かったらしいねえ。


そうです。例えば大店(おおだな)が倒産したとすると、
今のように従業員が全員解雇されるのではなく、
首が、すげ替えられるのは、トップの大旦那だけ・・



なるほど、民事再生法や会社更生法も無かった時代なのに、
庶民を苦しめることの無いような制度になっていたんだ。


代わりの旦那は、別の大店で手腕を奮っている
評判の高い番頭さんなどが派遣されて、事業を再生させたので、
結果的には、商業全体の信用度も高まったのです。



現代のAIJ投資顧問のような、喰い逃げ体質じゃ
信用できないし、
失業者がウヨウヨ居るようでは治安も悪くなるしねえ!


江戸時代の遠い話ばかりでなく、戦前、戦中、戦後の話も
本当のことは、ほとんど知らされていませんね。



杉原千畝さんのことも、戦後イスラエル等から
日本の外務省に問い合わせが再三有ったにもかかわらず、
該当する人物が見当たらない・・と突っぱねていた。


イスラエル政府から勲章を授与されたのは、昭和44年(1969年)です。



日本政府が名誉回復したのは、更に遅れて平成4年(1992年)
公明党の草川昭三議員の質問に対し、当時の外務省東亜局長が
「確かに「訓命違反」ではあるが、
「数千人の人命を救うかどうかという、訓令より大きな問題」だった。
と、認めた。


公式には、平成12年(2000年)河野洋平・外務大臣の顕彰演説で
それは、千畝さんの没後14年目のことでした。



そういう風に偉大な功績が消されてしまった人が、いっぱい居る。


前回名前を出した、樋口季一郎中将も僕らに伏せられた偉人です。
posted by 加工屋ゴン蔵 at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長対談室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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